わたしたちは長い間、NHKのドキュメンタリー番組を作ってきました。 撮影のため
世界各地を旅しました。そんな時、いつも感じたものです。
「日本ほど、平和で、豊かな国はない。」と・・・。
ところが、最近、そんな誇りがずたずたになってしまうような出来事が相次いでいます。
殺人、自殺、いじめ、すぐキレてしまう子どもたち、他人への無関心・・・。
「みんなが優しく、温かい気持ちになれる映画を作れないかな?」
「そう!生きる元気が出てくるような・・・。」
「童話のように、大人と子どもが一緒に感動できる映画・・・。」
何時からともなく、スタッフの間で、こんなことを話し合うように なりました。
当時、ボクはそろそろ引退の年齢を迎え、 気の合った仲間と作った小さな制作会社で
クールダウンに入っていました。 ところが、先の人生を考えるたびに、ボクたちより
1回りも2回りも 年齢の高い人々の意欲的な生き方が目につくようになってきたのです。
例えば、聖路加国際病院の日野原重明さん。 先生はこう話しておられます。
「寿命は人それぞれに与えられたものである。それをどう使うかが、人それぞれの
責任 である。」
100歳を越えた今も現役で活躍しておられる教育者のf地三郎さん。
日本で最初の心身障害者のための学校「しいのみ学園」を創設された方です。
昇地先生は、こんなことを書いておられました。
「余生という言葉があります。しかし、ボクは人生に余りなんてないと思います。」
凛とした生き方を知るにつれ、納得いく人生を歩まないままに クールダウンに 入ろうと
していた自分が恥ずかしくなってきました。そして、こんなことを考えるようになりました。
「テレビ屋として、そこに生きた証として、納得できる作品を残せないだろうか?」
それが映画作りを夢見るようになった最大の動機でした。
問題は、テーマです。
いくら映画を作りたくても明確なテーマがあり、それを支えるストーリーを組み立てられ
なければ、 作品は成立しません。
そこでボクたちは、テーマを求めて、 取材やリサーチ を繰り返しました。

そんなとき、出会ったのが桑山紀彦さんでした。
桑山さんは山形県上山市の病院に勤務する精神科のお医者さんでした。、勤務医の傍ら、
NPO法人“地球のステージ”を主宰し、 紛争地や被災地で 医療活動に取り組む一方、
そこで感じた感動を 音楽と映像と語りの ライブで伝え続けていました。
桑山さんは、こんなことを話してくれました。
「いろんな国に出かけていっていつもびっくりするのは、人間ってすごい 生きものだ という
ことです。だってどうみたってどう考えたって立ち上がれ そうにない困難な 中で生活して
いるに、ちゃんと前を見て生きていこうと する 人が 沢山いるからです。
それが、小さな子どもだったりするから驚きです。」
そんな話を聞いているうちに、番組の取材で訪れた国々の子どもたちのことを思い出
しました。 アフリカ、アジア、そして、中南米の子どもたち・・・。
その多くが 文明とは無縁の暮らしを していました。 貧しく、時には紛争に捲き込まれて
家を追われ、 難民生活をおくっている 子もいました。 しかし、そん な厳しい環境 に
いても、殆どの子が 生き生きと暮らしていました。
子どもたちの周り には 家族があり、 地域社会の輪が築かれ、 お互いに助け合って
暮らしていたのです。
ところが、日本では、しばしば貧しさは即、悲惨さとして報道されがち です。 その結果、
誰もが日本は豊かな国なので幸せで当然という 先入観を持って しまい、 少しでも幸せが
脅かされることがあると 過剰反応してしまうように なっています。 又、地域社会による
助け合いや、家族の絆の大切さを忘れて いるような 気がしてきました。
桑山さんを深く知るため、ボクは何度も「地球のステージ」を 見に行きました。
何度目かに、秋田のある小さな村に行った時のことです。
駅から、公演が開かれる学校までタクシーに乗りました。
すると、運転手が話しかけてきました。
「お客さんも取材ですか?」
「エッ!何の?」
問いかけると運転手は、びっくりしたように答えました。
「知らないんですか?先日、自分の子を欄干から川に投げ落とした事件が あったでしょう。
その後で、隣の子まで殺してしまった・・・。 その現場がすぐそこなんですよ。」
あたりには、豊かな水田が広がっていました。
昔ならそこに萱葺き屋根の大きな家があり、何世代もの家族が 一緒に暮らしていたはず
です。しかし、今、見えるのは、 白いペンキを塗った、しゃれた小さな家々だけ・・・。
どの家からも生活の息吹が伝わってきません。
アフリカやアジアの国々で感じた 家庭の温かさが感じられないのです。
どの家も 周囲とは無関係に、ひっそり暮らしているように 感じられました。
そんな景色を眺めながら、
「世界の子どもたちの姿を描いてみよう。」
そんな考えが浮かんできました。
桑山さんと一緒に旅をしよう。
そこで出会った子どもたちの姿をありのままに描いてみよう。
東ティモール、フィリピン、カンボジア、クロアチア、パレスチナ・・・。
どの国も、厳しい国々です。戦争や貧困にあえいでいる国です。
そんな国々で 生活している子どもたちが、どんな暮らしを して、何を考えているのか・・・。
国々を結ぶのが桑山さんの音楽。 そして、それぞれの国が抱えている重い背景。
更には、桑山さんが関わってきた紛争地や被災地などでの 医療体験。
大勢の友人がボクたちの夢に耳を傾け、資金をバックアップして くれました。
桑山さんと出会って2年後、ボクたちはようやくカメラを 回し始め ました。
最初のロケ地はパレスチナ・ガザ地区でした。
イスラエル軍によって厳重に管理されているエレズの検問所を通り抜け、 ガザ地区に
入ると、遠くからパンパンと乾いた音が聞こえてきました。
ガザを制覇しようとする ハマスとファタハが銃撃戦をしていたのです。
体の奥底から恐怖感がこみ上げて きました。
ところが、ガザで出会った子どもたちはおびえて萎縮しているだけでは ありません
でした。 大きな目。明るい笑顔。桑山さんの言葉通りキラキラと命を輝 かせて いました。
私たちは、カメラを回しながら、人間の心の奥にある強さに感激しました。
そして彼らを包み込む家族や仲間たちの優しさに心を打たれました。
戦争、災害、貧困・・・。
厳しい環境の中で生きる子どもたちの命の鼓動・・・。
パレスチナのロケを経て、映画への漠然とした思いが確信に変わりました。
それから1年をかけて撮影したのが、「地球のステージありがとうの物語」です。
「どんな映画を作っているんだ?」
そう問われて、思わず、口をついて出た言葉があります。
「ドキュメンタリー童話だよ。」
そんなジャンルがあるのでしょうか?でも、敢えてそう答えたいのです。
映画は、ことさら悲惨さを強調しているものではありません。
厳しい現実を告発するものでもありません。イデオロギーもありません。
ただ、子どもたちの命を見つめます。
輝く命を通して、あなたの心に、何かが伝わることを願って・・・。
● 私たちはこの映画が、全国各地で上映されることを期待しています
(五十音順 敬称略) |
C.W.ニコル
(作家)
石井征次 (元獨協埼玉中学・高等学校校長)
入間田宣夫(東北藝術工科大学教授)
加藤幸子 (作家)
白井貴子 (シンガーソングライター)
高田 勝 (エッセイスト・ナチュラリスト)
立松和平 (作家)
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西澤潤一
(上智大学特任教授)
野田 秀 (牧師)
樋口広芳 (東京大学大学院教授)
藤田紀子 (東北大学法科大学院教授)
宮崎 緑 (千葉商科大学教授)
山崎 正 (アナウンサー 相撲解説者)
米村でんじろう (サイエンスプロデューサー)
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映画 「地球のステージ ありがとうの物語」
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